【公演レポート】別府みつきクラリネットリサイタル
2024年03月08日
文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有するコーナー。今回は、とよなかARTSワゴンアーティストバンク登録アーティストで、レジデントアーティストの先輩でもあるサックス奏者、上馬場啓介さんより、「別府みつきクラリネットリサイタル」のレポートが寄せられました。
―2024.2.16(金) 19:00開演 豊中市立文化芸術センター 小ホール
街の文化芸術のハブを担う豊中市立文化芸術センターでは、地域と密着した様々な公演を実施している。その中でもアートに携わる人材を養成する「とよなかARTSワゴン」は2019年度より開始。豊中市内の施設や小学校などに出向いて演奏などのアクティビティを行う「ふれアート」や主催公演に出演する若いプロの音楽家をレジデントアーティストとして迎え育成している。
今回「とよなかARTSワゴン」の活動の一環としてクラリネット奏者、別府みつきのクラリネットリサイタルが行われた。本レポートではリサイタルの内容と感想について報告する。彼女は「とよなかARTSワゴン」のレジデントアーティスト3期生として2022年より活動しており、今回のリサイタルはその集大成とも言える。
彼女は若いながらも数々のコンクールを受賞、また留学経験もある多彩な音楽表現の持ち主だ。
プログラムの構成も趣向が凝らされており目を見張るものがあった。初めに演奏された曲目は彼女自身がこれまでで最も難しいと称するほどの難曲、アンデシュ・ヒルボリのタンペレ・ローだ。身体に電気が走るような強烈な第一音からスタートし、構成は複雑のようでいて単純、ヒーリングともリズミカルとも取れるような独特な音楽が繰り広げられる。それに彼女の軽やかなテクニックがあいまって一気に惹きつけられた。様々な奏者のリサイタルを聴いてきたが、ここまで刺激的な現代曲で冒頭を飾る奏者は少ない。現代音楽は奏者の力量を浮き彫りにするため、最初の曲としては敬遠される傾向にあるからだ。そんな所からも感じ取れる彼女の挑戦的な姿勢に心躍る。
二曲目に向かう前にトークタイムが挟まれた。演奏のときの真剣な様子とは打って変わり、別人かと思うほどに明るい口調で楽しい喋りを見せてくれた。
二曲目はウジェーヌ・ボザのブコリック。彼女が「とよなかARTSワゴン」のオーディションを受けた際に演奏した思い入れのある曲とのことだ。ボザの作品の多くは音楽院の入試や試験課題で使用され、現在でもコンクールや音楽大学入試の課題曲として頻繁に取り上げられる。楽器の能力の限界まで挑戦した演奏技術が要求される一方、旋律が表現豊かで美しいことが本曲の特徴だ。高い演奏技術が要求されるが彼女は存分にその魅力を表現してみせた。
三番目に前半最後の曲として演奏されたのはカール・ライネッケのソナタ「ウンディーネ」Op.167。この曲は元々フルートの為の作品であったが、クラリネット版に編曲されたもので、彼女は忠実にフルート版を再現するため、これに自己流のアレンジを加えたそうだ。他の楽器向けに作られた曲を演奏するのは簡単なことではないが、彼女の技量と表現力のおかげか、まるで元々クラリネットの作品だったかと錯覚する程に自然に、色鮮やかな元曲の魅力が再現されていた。
前半のプログラムを通じ、彼女のダイナミックスによる音楽表現の広さを感じ取ることができた。彼女が表現する、様々な音色の奥行き、音量や響きの豊かさによって他に類を見ない唯一無二の演奏になるのだと私は思う。
後半はヴィオラ奏者坪之内裕太氏との共演による三重奏曲から始まる。坪之内氏は高校の先輩にあたり、縁あって今日のリサイタルでの共演が実現したそうだ。
後半プログラム一曲目はロベルト・シューマンのおとぎ話 Op.132。タイトルの通り、おとぎ話の許で語られる「Es war einmal… むかしむかし」の言葉にインスピレーションを得て作曲された作品である。クラリネット(吹く楽器)・ヴィオラ(弦を弾く楽器)・ピアノ(弦を叩く楽器)という、それぞれ奏法が異なる楽器をどう調和させていくのかが本公演の見所の一つなのだが、各人の技量と絶妙なコンビネーションにより、楽器間の音色、音質の違いを全く感じさせなかった。ヴィオラの繊細で力強い表現に乗っかるかの様にクラリネットの美しい響きが交わるところが印象的だった。
最後の作品は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト:三重奏曲「ケーゲルシュタット」K.498。W.A.モーツァルトは著名な作曲家の中でも最も偉大な人物と言っても過言ではない。また、この「ケーゲルシュタット・トリオ」はクラリネットのソロ曲として書き下ろしたおそらく最初の作品。非常に華やかな楽曲であり、最後を飾るに相応しい。前半から続く彼女の力強い演奏に併せて柔らかく優美な表現力も加わり、更に奥深さのある演奏を味わうことができた。大きな充足感に包まれながら、盛大な拍手を送った。
私はコンサートを通じて演者の性格やその人生までも感じ取ることが可能だと考えている。今回のリサイタルを聴いて、自由奔放で音楽に直向きな彼女の一面に触れる事が出来たように思う。また、同じ管楽器奏者としても大きな刺激を受けることができた。
レジデントアーティスト3期生としては最後の演奏であったが、これからも豊中市のアーティストとして個性溢れる魅力的な演奏を届けてくれるだろう。
上馬場啓介
大阪芸術大学卒業。第25回日本クラシック音楽コンクール全国第3位。第21回KOBE国際音楽コンクールC部門優秀賞受賞。第17回大阪国際音楽コンクール室内楽部門最高位。
豊中市立芸術文化センター人材育成事業「とよなかARTSワゴン」アーティストバンク登録アーティスト。
現在中学校・高校吹奏楽部の楽器指導、個人指導をする傍ら、レコーディングや様々なアンサンブル形態での演奏活動を行う他、アパレルブランドのパーティーやカフェ、娯楽施設等での演奏活動も行っている。