【展覧会レポート】MATHRAX個展「光さす間に」――“触れる”の先にある、生きる技術

【展覧会レポート】MATHRAX個展「光さす間に」――“触れる”の先にある、生きる技術

2023年01月06日

文筆家・コラムニストなどそれぞれの視点から、当館主催事業を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で発表する企画。今回は、編集者として活躍されているMUESUMの永江大さんから、今秋に開催した展覧会「光さす間に」のレポートが寄せられました。

 「音はどこからきますか? 味はどこから? 香りはどこからですか?」

 2022年10月9日(日)、小雨のぱらつく大阪・豊中市立文化芸術センター。この日の午前中、幼児期の子どもとその親が参加する作品鑑賞のための「感受性のワークショップ 赤ちゃんと大人編」が開催された。冒頭の問いかけは、とよなかアーツプロジェクトのプログラムディレクターであり、ワークショップのファシリテーターでもある山城大督さんが参加者に投げかけた言葉だ。

 音が聴こえるということ、そしてそれがどこから来ているのか。日常のなかであらためて意識もしない自分の身体や身の回りの現象を「そもそも、これってどういうことだった?」と問う。そんな態度は、この日、参加者が出会っていくアート作品の体験にどう響いていくのだろうか。

「感受性のワークショップ 赤ちゃんと大人編」の様子。まずは親子で寝そべって、ごろごろしながら触れ合うところからワークショップははじまる

 2022年9月24日(土)から10月16日(日)まで、同芸術センターにて、アートユニット・MATHRAX(マスラックス)の個展「光さす間に」が開催された。2021年に始動した「とよなかアーツプロジェクト」の展覧会だ。「感受性のワークショップ」は、会期中に行われた作品をさまざまな切り口で体験する関連イベントのひとつでもある。

 招聘作家のMATHRAXは、久世祥三と坂本茉里子によるアートユニット。石や木などの自然物・工芸品をメディアに、鑑賞者と作品の関わり・体験をつくるような表現の手つきを持っている。今回の展示では、和室、大ホールとそのホワイエ、展示室、屋上テラスを使い、新作を含む5点の作品を発表した。本レポートでは、ワークショップ参加者との鑑賞体験をベースに、MATHRAXの作品について綴っていきたい。

氷ごしに外の光を見る。光の屈折の具合と氷の冷たさを感じながら、見る触る楽しさ・不思議さをとらえていく

 「氷を鏡の上にのせてみましょう。どんなふうに見えるかな。外の光にすかしてみても面白いかもしれません」

 山城さんによる展示鑑賞前のストレッチ的ワークは、約1時間ほどのゆったりとした内容だった。鏡や氷、ボウルといった身近にあるもの、そしてPCのカメラを利用したプロジェクターの投影、手持ちのスピーカーから発せられる音など、さまざまなメディアに時間の許す限りじっくりと触れていく。子どもたちは、山城さんから手渡されるものや言葉に素直に反応して身体を動かしているようだった。

 休憩をはさんで、今度は作品のある2階和室へ。靴を脱ぎ、廊下を進む。15畳ほどの和室には、3つの展示台が置かれ、その上には小さな石や鉱石が並んでいた。ひとりの男の子が白っぽい小さな石を気に入ったのか、まじまじとその石を見て触る。すると、

「ピョ〜ピョ〜〜ピョ〜〜〜」

 石自体が振動し(たように感じ)、シンセサイザーのような音色が響く。石によって音色が異なり、その仕組みに気づいたほかの親子も、展示台の小石や鉱物を一つひとつ触っては、指先に伝わる感触と音色の反応を味わっていった。でたらめに触る手つきがそのまま音の重なりとなる、その面白さに子どもも大人も興奮ぎみだ。一通り音を出し尽くして次の作品へと向かう。

 去り際、さきほどの男の子が白い小さな石のほうを見て、名残惜しそうに「赤ちゃん」とつぶやいたのを聞いた。「そうだね、赤ちゃんだね」とお母さんが子どもの肩に手を置く。

 本作品《いしのこえ》は、「ネイティブアメリカンの『石の声を聞くスキル』からインスピレーションを受けて制作したもの」だとハンドアウトにある。感覚をひらき、“触れる”ことを通して、もの(石)との関係を築いていくこと。それを男の子は、目の前で体現してくれたのだった。

MATHRAX《いしのこえ》制作:2016年 マテリアル:石、木、電子部品

 1F展示室にある作品は《うつしおみ》と呼ばれ、「今この世に生きている人」という意味らしい。ロの字型の細長い台の上で、さまざまな形・質感の木片と、一部には木を素材とするオブジェが列をなしている。台の高さは大人の腰下くらい。鑑賞者は歩きながら指を木片にあてていく。《いしのこえ》と同様の仕組みで、今度は音だけでなく光、香りもあらわれる。

 触れることでダイナミックに変化する空間は、触覚・聴覚だけでなく、視覚・嗅覚にも響く。歩くスピードがそのまま、空間の変化を伴うリズムをつくっていくから面白い。子どもたちはぐんぐん歩いてみたり、目の前を歩く人と歩調を合わせてみたり、おもちゃの電車を走らせてみたり……と、ここでも思い思いに作品の体験を味わっていた。

MATHRAX《うつしおみ》制作:2019年 マテリアル:木、電子部品、LED照明、香料

 大ホールとホワイエには、大規模な音響空間を生かした作品が設置されている。《ステラノーヴァ》はそのひとつだ。ステージと客席で向かい合うように置かれた2つのお盆型インターフェースは、その表面に触れることで音や光があらわれる。これまでの作品もそうだが、たまたまその場に居合わせた鑑賞者同士の手つきが、音や光の重なりとなって空間をつくり、インスタレーションとなる。本作品は特に、知らない人と音楽のセッションをしているような気持ちになった。手で触れた先にある音や光を想像し、それを聴くほかの人の存在を感じ、またその人が発する音を聴いて自分も反応していく。これが“感覚をひらく”という状態なのかもしれない。

MATHRAX《ステラノーヴァ》制作:2015年- マテリアル:木、電子部品、LED マテリアル:木、電子部品、LED照明、香料

 江戸時代、海へ漁に出る前に「日和見(ひよりみ)」が海の見える小高い山=日和山(ひよりやま)へ登り、山頂から天気を予測して漁へ行くかどうかを決めていたそうだ。その後、江戸時代末期から明治時代に西洋から最新の計測器や気象学が多くもたらされ、おそらくそれが日和見の感覚にとって代わっていった。そう考えると、現代の私たちは、自らの身体で感じ判断する力の一部を知らず知らずのうちに手放してきた可能性がある。

 MATHRAXの作品は、私たちが手放してきてしまったものとつながるための方法を教えてくれる。それは、目の前にあるものや現象と向き合い、素直に戯れるということ。子どもたちがワークショップで当たり前にやっていたようなことでもある。

 ワークショップ&作品鑑賞も滞りなくお昼前に解散、そのなかでは見られなかった屋上テラスの作品《とこよのうたよみ》を見に行った。ベンチと植栽の点在する広いスペースで、植栽のなかに鶏を模した彫刻作品が置かれており、触れると鳴き声のような音が鳴る。周囲の音も注意深く聴いていくと、近くを走る阪急宝塚線の電車の音、通りにある信号の発信音、隣接する中ホール(アクア文化ホール)前に集まる人たちの話し声が背景に浮き上がってくる。

  茶室から展示室、そして大ホール・ホワイエと、空間的にも作品と鑑賞者の関係性としても、そのスケールを広げてきたMATHRAXの作品は、屋上にきてついにまちのなかの音とつながっていった。

 かつて日和見が日和山の上で天候を読んでいたように、屋上からまちなみを見ながら音の広がりを楽しむ。遠くで晴れ間ものぞいていて、雨の心配はもうなさそうだった。

永江大
編集者。大阪北浜の編集事務所「MUESUM(ムエスム)」所属。出来事の記録と、それを伝える活動をさまざまなメディアで行っている。2017年より、フィールドレコーディングプロジェクト「野となり、山となる」共同主催。

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