【公演レポート】ラトヴィア放送合唱団

【公演レポート】ラトヴィア放送合唱団

2022年11月09日

本コーナーでは、文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、当館主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有し発表します。今回は、合唱指揮者、合唱文化研究者として活躍されている坂井威文さんによる「ラトヴィア放送合唱団」のレポートが寄せられました。

                  ―2022.10.23(日) 15:00開演 豊中市立文化芸術センター 大ホール

 ラトヴィア、という国について、エストニア・リトアニアとともにバルト三国を形成している国ということは多くの人が知っているだろう。しかし、この三国がソヴィエト連邦占領下(1940-91)においても民族の文化を歌で守り継いだ「歌の国」である国であることはあまり知られていないのではないか。ユネスコに無形文化遺産として登録されている「バルト地方の歌謡・舞踏フェスティバル(歌と踊りの祭典)」は、毎回5万人以上の参加者が屋外の広場に集って歌うという、日本では考えられない規模の国民的お祭り行事だ。そんな「合唱大国」であるラトヴィアから、プロの合唱団であるラトヴィア放送合唱団が来日し、ツアーの最終公演を豊中で行なった。

 当日のロビーには、民族衣装に身を包んだ関西日本ラトビア協会関係者がハーブティーの出店販売をするなど、ラトヴィアという国をすこしでも身近に感じてもらおうとするための雰囲気作りを行なっていた。客席は1階席に6~7割の入りだったが、合唱の演奏会にありがちな、合唱団で歌うことを趣味としている人が集客のほとんどを占めているといった雰囲気はあまりなく、豊中市立文化芸術センターの公演が市民にも広く受け入れられていることを感じさせられた客層だった。

ホワイエではラトヴィア産ハーブティー等の販売も

 今回の演奏曲目は大きく4つの区分に分けられる。すなわち、ルネサンス・バロック・ロマン派・近現代の4つだ。まるで音楽の教科書のような時代順の並びだが、時代の流れだけではないキリスト教の「モテット1」を中心とした「祈りの変遷」でもあった。順に見ていこう。

1 元々はフランス古語で「小さなことば」を意味する「モmot」に由来する。時代とともに様式が変化したために一様な定義づけは難しいが、ここでは「キリスト教におけるミサ曲以外の多声音楽全般」を広く指す

 最初に演奏されたのは、イギリス・ルネサンスを彩った3人の作曲家による作品だ。 T. ウィールクスの《いと高きにある神に栄光あれ》の第一声「Gloria」の、力みがないのにそれでいてしなやかな発声にさっそく引き込まれた。神の栄光を口々に歌い交わしながら讃える動的な曲に続いて、T. トムキンズの《ダヴィデがアブロサムの殺されしを聞きしとき》では、旧約聖書を題材とした父の嘆きが静的に歌われた。中間部、内声から始まるポリフォニック(多声的)な展開は、身体的な性別の垣根を感じさせない同質的な発声への指向を強く印象付けた。W. バード《アヴェ・ヴェルム・コルプス》は、のちの時代につながるホモフォニー(和声音楽)の萌芽が見られる縦の線が揃った曲だ。通常、演奏される速度よりも極端にゆっくりなテンポにも関わらず、吸気のブレス音が一切聞こえてこぬまま澱みなく歌い切っていく様は、滔々と流れる川を眺めているような清々しさがあった。途中の繰り返し演奏される部分では、最弱音にも関わらず1回目と2回目で違った表情を見せられた。指揮者・S. クラーヴァの腕の動きを注意深く見ていたが、必要最小限の動作で余韻までぴたりと揃ってしまうのは不思議としか言いようがない。曲最後の「Amen」の語尾は、ホールにやわらかく溶けていくような錯覚さえ覚えた。

 J. S. バッハは生涯に6つのモテットを作曲した。その中でも重要な作品と見做される《イエス、わが喜び》はオルガンなどの通奏低音を伴って演奏されるのが常だが、今回は無伴奏で演奏された。ドイツ語特有の硬質な響きと、器楽の助けなしにメリスマ( 1音節に対して複数の音をつける作曲技法)の輪郭を描きだした柔な表現が織り交ざった演奏だった。〈8. もし、キリストがあなたがたのうちにおられるなら So aber Christus in euch ist〉はカウンターテノールを使用しての男声合唱だけで歌われたが、その1曲だけに留まってしまったために奏者の意図が不明瞭なものに写ってしまった。

 休憩明けの後半は人数がすこし増え、ロマン派を代表する作曲家であるA. ブルックナーのモテットが5曲歌われた。この区分では人数が増えたこと以上に音楽に厚みと熱を帯びていて、多少の傷や生声が感じられないこともなかったが、この日一番のフォルテが響いていた。ただすこし気になったのは、言葉の流れをあえて遮ったロングトーンや恣意的に引き伸ばされたような終止があったことだ。教会のオルガニストをしていたというブルックナーの音楽に対して、意図的にオルガンのような音色を目指したものだとは思うが、ここまで歌心たっぷりに演奏してきた合唱団とはまた違った意外性のある声の運び方と感じてしまった。

 G. リゲティの《永遠の光》は1966年に作曲され、1968年製作の映画『2001年宇宙の旅』にも使われた、いつまでも色褪せない「未来の音楽」のような楽曲。テキストは「レクイエム」の最後のほうに歌われる典礼文のものだ。人数を17人(ほぼ1人 1パート!)まで減らし、舞台上の反響板にぴったりと背をくっつけ「ソーシャル・ディスタンス」をとった上で演奏されたが、これが思いのほか面白い効果を生んでいた。客席の様子を窺っていると、多くのお客さんが戸惑いながらも視線を左右に向けて立体的な音響を楽しんでいる様子がおかしかった。楽譜には最後7小節、30秒程度の休符だけの時間がある。指揮だけが振り続けられるなかで、そこにはかのJ. ケージの《4分33秒》のような無音の音楽が確かに聴こえていた。

 最後のP. ヴァスクス《私たちの母の名》はこの日のプログラムで唯一存命の作曲家の作品。パンフレットには「ドラマチックな叙事詩」「ラトヴィアの人々と運命を描いた曲で“母”を主題にした」という簡潔な説明があるのみだったが、この曲だけは歌詩と対訳があったほうが良かったように思う。テキストになったラトヴィアの詩人・M. チャクライス (Māris Čaklais 1940-2003)の詩『Mūsu māšuvārdi』は、ラトヴィアに関する最も古い書籍の「鳥にちなんで女の子への名付けが行なわれた」という記述の引用から始まり、女性の名前とともに彼女たちと自然との共生が歌われる。その中でも一番多く登場する自然が「鳥」だ。曲の終結部、鳥のさえずりを模倣した口笛がねぐらへと還っていく様は、ホール壁面の木材がまさにおあつらえ向きの役割を果たしていた。ラトヴィア語での歌唱ということもあり、合唱団もどこか解放されたように歌っていたように感じた。言葉の意味はその場でわからなくとも何かが伝わってきた感触が確かにあった。

 アンコールはV. シルヴェストロフ (Valentin Silvestrov 1937- )の《ウクライナへの祈り》(2014/2022)。キリスト教から離れた普遍的な「祈り」が、現在を生きる我々にとっても地続きであることを感じさせた。

 筆者が驚いたのは、やはりその声の引き出しの多さである。各パートが溶け合う軽い発声から、各々が主張しあったうえで重厚な建造物が目の前に立ち上がってくるような発声まで、さまざまな声の芸術を見せられた。今回、こういった異文化の合唱に直接触れることは筆者が普段している合唱を見つめ直す機会にもなったし、もし聴衆のなかに少しでも合唱に興味が湧いた方がいればぜひ地域の合唱団という存在にも暖かい目を向けていただければありがたく思う。コロナ禍のこの2年半、合唱はあらゆるところで世間から厳しい視線に晒されてきた。今回、豊中市立文化芸術センターで開催されたラトヴィア放送合唱団の来日公演が、合唱界にとってようやく差してきたコロナ禍の出口の光明であることを願っている。

坂井威文
合唱指揮者、合唱文化研究者。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻を優秀賞を得て卒業、同大学院音楽学研究室修了。現在、同大学研究生。現在、豊中などで8つの合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟・関西合唱連盟主事。

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