【公演レポート】中嶋奏音ピアノリサイタル つながりとバランス

【公演レポート】中嶋奏音ピアノリサイタル つながりとバランス

2023年03月28日

文筆家・評論家・音楽ファンなどそれぞれの視点から、当館主催公演を実際に鑑賞して記されたレポートをWEB上で共有する企画。今回は、とよなかARTSワゴンアーティストバンク登録アーティストで、レジデントアーティストの先輩でもあるピアニスト若井亜妃子さんより、「中嶋奏音ピアノリサイタル つながりとバランス」のレポートが寄せられました。

                  ―2023.2.17(金) 19:00開演 豊中市立文化芸術センター 小ホール

Photo by Tonko Takahashi

 大阪府内で初となる文化庁長官表彰「文化芸術創造都市部門」の表彰を受けた豊中市、その豊中市の文化芸術活動の拠点である豊中市立文化芸術センターには、人材育成事業として「とよなかARTSワゴン」というプロジェクトがある。このプロジェクトにおいて、オーディションを経てレジデントアーティストとして選ばれたアーティストは、2年間、様々な研修を受ける。アーティストというと、演奏に関する研修だけを受けると想像する人もいるかもしれない。しかし、「とよなかARTSワゴン」は違う。もちろん、実際に豊中市内の小学校に出向いて「ふれアート」(豊中市立文化芸術センターが実施するアウトリーチの名称)を実施するための研修もあるが、それだけではなく、社会もしくは地域を様々な視点から見つめることによって、音楽(アート)はどのように関わりを持つことができるのか、その役割を考えるなど、幅広い内容の研修を受けることができる。たくさんの研修を経て、実際に豊中市内の小学校で実施する「ふれアート」をはじめ、様々なイベントに参加し、2年間の任期の終わりにはその集大成として、リサイタルを行う。

 今回、リサイタルを行ったのは、2期生のピアニストの中嶋奏音(なかじまかのん)。京都市立芸術大学大学院音楽研究科修士課程に在籍しながらも、レジデントアーティストとして、「ふれアート」や豊中市立文化芸術センター主催のコンサートだけではなく、音楽歴の異なる小学生を対象にしたワークショップの経験もあるピアニストである。

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 まず、リサイタルのタイトルに惹かれた。「つながりとバランス」。プログラムには、このように書かれてあった。

 『様々な“つながり”を大切に、今まで出会った素敵な方々からの言葉や御恩を忘れず、“バランス”よく音楽と向き合い、人生を歩んで生きたい。』

 そして、プログラムに目を通すと、それぞれの曲に、「ここ聴いてポイント」として、曲目解説とは別に、中嶋が注目してほしい曲のポイントが書かれている。このポイントは、初めて曲を聴く人にとっては、曲の楽しみ方のガイドのような存在になり、また、曲を知っている人にとっては、曲のこういった部分に注目してほしいという中嶋の考えを知ることができ、プログラムを手にして、曲目紹介よりも先に「ここ聴いてポイント」を読んでしまうほど、興味深かった。

 リサイタルの前半は、スカルラッティから始まり、モーツァルト、クララ・シューマン、ブラームスと、バロック時代から、古典派、ロマン派と時代順に選曲されたプログラムである。まず、スカルラッティのソナタから。プログラムの最初の曲にも関わらず、タッチが緻密にコントロールされ、細やかなタッチながらもダイナミクスが十分に伝わる素敵な演奏から始まった。モーツァルトの曲では、ピアノソナタ第11番の第1楽章と、その第3楽章である有名な「トルコ行進曲」が演奏された。「トルコ行進曲」をモーツァルトのオリジナルのものではなく、ファジル=サイというピアニストがジャズ風に編曲したものを演奏する工夫も見られたが、何より前半のクララ・シューマンとブラームスの選曲が、中嶋ならではのものだったと感じた。クララ・シューマンとは、「トロイメライ」をはじめ数々の名曲を作曲したロベルト・シューマンの妻であり、作曲家というより、ピアニストとして有名な人物である。演奏会でも、クララ・シューマンではなく、圧倒的にその夫のロベルト・シューマンの曲が演奏される機会が多い。しかし、中嶋はクララ・シューマンの「スケルツォ第2番」を選曲した。この曲をブラームスの8つのピアノ小品と並べて聴くと、同じメロディがあるわけでもないのに、なんだか似ている。けれど、飽きない。声楽の伴奏者としても信頼され、活躍している中嶋だからこそ奏でられる、歌心たっぷりの音色を十分に味わえることができた。やはり同じロマン派の時代に生き、作曲家同士の交流があったこともあり、“つながり”を感じられた瞬間であった。

Photo by Tonko Takahashi

 同じ時代に生きるという意味を実感するには、後半のプログラム冒頭の片寄真一の「Es」が一番説得力のあるものだったかもしれない。この曲は、中嶋が通っていた大阪府立夕陽丘高等学校の恩師である片寄真一がこのリサイタルのために作った曲である。前半で演奏した作曲家たちは昔の時代の人であり、今は話したり会ったりすることは当然できない。しかし、この曲に関しては、同じ時代に生き、しかも恩師である。お互いに高校生活を通して共有したものがあるからこそ、中嶋しかできない曲の解釈であったり、思いがたくさんこもった演奏で、「曲を聴く」という以上に、「一つの瞬間を共有する」感覚が生じた。現代音楽の片寄のほか、後半のプログラムは、ロマン派の作曲家であるショパンのワルツや、近代に活躍したドビュッシーの「水の反映」であったが、どれも繊細さの中に光る、中嶋が聴衆に伝えたいという揺るぎのない、しかし、しなやかさも持ち合わせた芯のある気持ちが感じられる素敵な演奏が続いた。そして、中嶋は最後の曲として、ロマン派の作曲家リストが作曲した、「オペラ『夢遊病の女』の愛好された動機による幻想曲」を演奏した。この曲は他のリストの曲と比べ、あまり演奏されない曲だが、クララ・シューマンやブラームスでも感じられた歌心たっぷりの音色で魅力的に、しかも超絶技巧が求められる難曲をいとも簡単に演奏した。ピアノの響きがホールに満たされ、アンコールを求める拍手が鳴り止まないほど、聴衆の心に響いたリサイタルだったと、興奮気味にホールを後にした。

Photo by Tonko Takahashi

 帰り道、興奮気味の心を落ち着かせるように、冬の夜風にあたりながら、演奏会の余韻を楽しんでいた。そういえば、演奏会では作曲家同士、もしくは作曲家との“つながり”のお話はあったが、“バランス”はどうだったかと。しかし、思い返してみると、バロックから古典派、ロマン派、近現代まで全ての時代の音楽が選曲され、なのに聴きやすく、丁度いい“バランス”のとれたプログラムだったように思う。まだ学生でもある中嶋は、レジデントアーティストとしての活動との“バランス”をとることが難しいかもしれない。しかし、今の時点で、これだけ“バランス”がとれたリサイタルのプログラムは驚嘆すべきものだと感じた。MCに関しても、「ふれアート」での経験を経て、舞台上から一点を見つめて話すのではなく、目線を配って語りかけることによって、以前よりさらに言葉が聴衆に伝わっており、だからか、ホールという距離感にも関わらず、中嶋と聴衆が一体感を持ってリサイタルの時間を共有していたように感じる。まさに、“つながり”である。
 豊中市で育ち、豊中市に住んでいる中嶋が、レジデントアーティストを卒業して、どのように豊中市で、そして豊中市外にも羽ばたいて活動していくか。もちろん、アーティストによって、社会や地域に対する考え方は違うかもしれない。しかし「とよなかARTSワゴン」の研修で、座学だけではなく、実際に地域を歩いて肌で感じた経験があるからこそ、ホールから飛び出して、どのように社会と関わるか、レジデントアーティストとして考え、経験を重ねたからこその視点を持って、中嶋しかできない活動を続けていくことを応援している。このように応援できる地元のアーティストを発見できること、これぞ豊中(地域)に密着している「とよなかARTSワゴン」だからこそできることで、このプロジェクトがこれからも続き、「音楽あふれるまちとよなか」につながるよう、心から願いたい。

Photo by Tonko Takahashi

文・若井亜妃子
豊中市在住のピアニスト。「とよなかARTSワゴン」レジデントアーティスト1期生修了後、現在は、同事業のアーティストバンク登録アーティストとして、豊中市を中心にアウトリーチやワークショップなど、幅広い活動を続けている。

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