【レジ日記 Vol.2】 7者7様9色を地域の中に彩っていくために
2022年07月10日
レビュー:とよなかARTSワゴンフェスティバル2022 “Colors”
文・井上 周(豊中市立文化芸術センター事業統括プロデューサー)
公共文化施設が、地域の芸術文化のハブとして人材育成事業に積極的に取り組むようになって久しい。それぞれの施設によって特色をもつ様々な人材育成の取り組みが行われてきた。先駆的な取り組みを行っているケースでは、それが街のアート人材やアートそのものの循環にも影響を与えているプログラムもある。
2017年1月にオープンした豊中市立文化芸術センターも2019年4月から「とよなかARTSワゴン」と題し地域で活躍するアーティストと、ヒトとアートをつなぐ市民アートコーディネーターの育成を目的として人材育成事業を開始した。当館の特徴は、アーティストの育成だけではなく、育成のその先、つまりその後引き続き地域で活動していくために、市民の中にコーディネーター人材を生み出し、それを当館がハブとして循環させていくことである。新型コロナウィルス感染症拡大の影響を受け2021年度から改めてスタートしたこの事業は、昨年度計画していたものの映像配信のみとなったフェスティバル公演を今回ようやくホールで観客をいれての開催を迎える事となった。
現在「とよなかARTSワゴン」には7名のアーティストが在籍している。レジデントアーティスト(2期生、3期生)が4名、レジデントアーティストを卒業し、さらなる活躍の場を創出していくアーティストバンクに登録し引き続き活動を続けるアーティスト(1期生)が3名。彼女たち彼らたちによる9つのプログラムを6/4(土)豊中市立文化芸術センター中ホール(アクア文化ホール)にて上演した。フェスティバルは3部制で実施され、与えられた20分間の中で自身の強みを生かした練られたプログラムや、今回の公演のための特別編成プログラムが組まれた。
第1部のプログラムの出演者は、全員が1期生。この「とよなかARTSワゴン」に参加して4年目となるアーティストたちである。それだけの月日の中で様々な公演をつくっていると、それぞれのアーティストの特性や強みをスタッフとして把握できているつもりだったが、今回のフェスティバルでは新たな発見もあった。例えばトップバッターを飾った新崎洋実は、得意のトーク力とプログラムによって、客席との間にグルーヴを生み出す事ができるピアニストである。今回のメインプログラムとなったホルスト作曲(ルービンシュタイン編曲)《組曲『惑星』より「木星」》は、楽曲への理解度や構成力も明確で、もっとも多くの人が耳なじみのあるクラシック作品である本作の中にも新崎らしいグルーヴが生み出された演奏となった。それは、演奏後に食い気味になった拍手からも裏付けされた。
つづくサクソフォニストの上馬場啓介は、その演奏力に驚かされる。響きがすぅっと心地よく消えていくディミヌエンド、会場の一番奥まで響かせるサウンド、ピアニストとのアンサンブルの妙。豊中で演奏した上馬場啓介の中でもトップクラスのパフォーマンスとなった。
1部の最後は若井亜妃子が登場。バロックからロマン派、近代そして現代へと時代を旅するように進むプログラム。その中に現代音楽の大家リゲティの作品をいれ、その魅力をあますことなくピアノで伝えきる技術力は、若井自身の素質と今何を伝え演奏したいのかが、はっきりと自分のなかで消化されているからこそ生まれるものであろう。
昼の少し長めの休憩をはさみ、2部のトップを飾ったのはピアニストの東川内梨沙。彼女は小学校でのアウトリーチプログラムでも、最初の一音で子どもたちをひきつけるピアニストとしての圧倒的な魅力を備えている。言葉よりも自身が演奏する音を聴けば、その魅力が十分に伝わる。それを信じているからこそMCなし、作品はショパンのピアノソナタ第3番の第1楽章と第3楽章という本気を感じる力強い公演となった。
次に登場したのが、3期生として2022年度からレジデントアーティストに加わったクラリネット奏者別府みつき。育成プログラムの第1弾であるアートマネジメント講座がスタートするのが6月中旬なため、3期生としては今回が初アピールの場であり披露目の場でもある。彼女が選んだ作品は、クラリネットの特性を視覚的にも生かしたシュレイナー作曲の《インマークライナー》。クラリネットが徐々に分解されていきながらも演奏は続き最後は…。その他の演出も含め、来場者に別府みつきというアーティストを印象づける20分になったのではないか。そして、2年間の育成プログラムを経たあとの《インマークライナー》を見てみたいと思わせた。
2部の最後は1期生全員からなるアンサンブルCaTが登場。1台6手とサックスという異色のアンサンブルが披露された。代名詞ともなっている誰もがしる《猫ふんじゃった》を大胆にアレンジした大曲は、流石の息の合ったアンサンブルとなった。この作品で大きな拍手と共に幕を閉じた第2部は、続く第3部に向けての準備があわただしく舞台上で行われた。
第3部は、ピアニストの中嶋奏音から始まる。20分間があっという間にすぎていくプログラミングに驚かされた。早着替えも取り入れエンターテインメントあふれる一方で、ヨハン・シュトラウス2世が作曲した《ワルツ主題による演奏会用パラフレーズ》ではしっとりと聴かせる中嶋奏音の魅力が十分にハマった時間となった。
そして、次に登場するのが3期生のフルーティスト廣瀨紀衣。少し緊張していたのがMCからもわかってしまうところはご愛敬。ひとたび演奏が始まると、のびのびと唄うフルートの音色がホール全体に響きわたった。ピアノソロで聴くのとはまた違った印象を与えるドビュッシーの《月の光》。フルートならではの伸びやかさとしなやかさ、ピアニストと息の合ったデュオに耳も眼も心も惹かれる一幕となった。
フェスティバルの最後を飾るのは、ピアニスト4人が集まった「トピアカラーズ」。カプースチンとブラームスの作品を2台4手で演奏したのち、2台8手で演奏された《カルメンファンタジー》は、フィナーレにふさわしく大きな盛り上がりとともに大団円を迎えた。
こうして1日をかけて実施された「とよなかARTSワゴンフェスティバル2022」。7者7様のプログラムと9つの色が会場と来場者の心を彩っていった。
人材育成事業「とよなかARTSワゴン」はまだ始まったばかりである。これからアートマネジメント講座やリサーチプログラム、ワークショップ、アウトリーチ、そして卒業リサイタル他、様々な公演が控えている。この日、会場に集まった人たちからさらに多くの人たちとの関わりを作っていくため、地域に活動の場を広げ、音楽を隅々まで継続的に届けていく。アーティストや様々な人々、一人ひとりとコミュニケーションをしっかりと行いながら本事業を進め、活動の場の創出とあらゆる人が音楽を楽しめる新しいコミュニティをつくりだしていきたいと、本事業の目的を再確認した1日となった。